私の決意

私、実は行動が遅い方なんですよね。
考えて、考えて、悩んで、悩んで・・・
更に考えて悩んで決めるタイプ。
石橋を叩いて、叩いて、頑丈な事はわかったのに渡らずにそのまま家に帰ってどうしようか悩むタイプ。
得てして行動が遅いです。
そんな私の心の中で最近固まって来たこと。
それが「シンハラ語を日本へ送ろう!」ということ。
え、それは前から言っていたことじゃ・・・??
と思われるかもですが、今まではそれがかなり漠然としてたんですよね。
「シンハラ語を日本へ送りたい!!」っていいながらどのように送りたいのか、送って何がしたいのかがはっきりしてなかったんですよ。
要するに「シンハラ語を日本へ送りたい!!」という言葉だけでそこから先が行き止まりになってたってこと。
それが最近になって徐々に考えがまとまってきた感があります。
これまでは漠然とし過ぎてその方法についてきちんとした言葉にできなかったけど、今なら文章でも表わせそうです。
このヒントをくれた一番大きなきっかけは昨年の10月に2週間だけ日本帰国した時。
(この時点ですでに1年経ってますw)
実はこれまで私の話すシンハラ語がどの程度なのか自分でも全くと言っていいほどわかってなかったんですよね。
普段自分と他の人を比較対象して話すことってないですし、比較対象する相手もないし・・・。
それが昨年10月の帰国の時に
「シンハラ語で大学院まで行っている人はとても珍しいです。仕事のため、商売のために話せるようになった人はいてもきちんとした学問的として学ぶ人はいないので、その知識はとても貴重ですよ。」
と言われ、その後もいろいろな人と話をすることによって初めて気が付きました。
もしかして私、自分が思っているよりもシンハラ語がしっかり話せるようになっているということ??
シンハラ語で話をしていて、今でも一度で話がきちんと伝わらないことってやっぱりあるんですよ。
それは私のシンハラ語能力がまだまだ未熟だからだと思ってました。
最近は
「日本人ですか?」とか「どちらの国の方ですか?」と聞かれることよりも
「スリランカ人ですか?」
と聞かれることが多くなってきていたけど、うれしい半面まさかこの顔にして本気でにスリランカ人じゃないかと思いながら質問している人もいないだろうと思っていたし。
でも自分の能力を否定して、否定して、「まだまだ未熟」と思い続けてここまで来たけど、もしかして、もしかしたら私は自分が考えていたよりも・・・???
そして戻ってきたスリランカで、いろいろな事を考えるようになりました。
私が夢中で学問的に学んだこれは将来どうなるんだろう?
「日本にシンハラ語を送りたい!!」って願いはもしかしたら今の私にでも何かできることがあるっていうこと??
そうして考えて考えて・・・
1年経ってやっとその答えが見えてきました。
日本にシンハラ語を送りたい!はいいとして、その先に何があるといいのか??
また何がなければいけないのか?
人生ってどんな時もそうだけど、何かをするならその先にあるものが同時に見えなければ行動できない人って日本人には特に多い。
シンハラ語を学ぼうとするそこにもこの落とし穴はあるわけですよね。
逆に言ったら私みたいに先を考えずに来ちゃう人ってなかなかないw
これまで何度となく聞いた言葉で、日本帰国の時にも言われた言葉は
「シンハラ語では食べていけない。」
ということ。
でもそれを繰り返して食べてはいけないからと誰もやらなかったらこの後どうなるの??
結局シンハラ語は日本でも消えていっちゃうし、いつかはスリランカからも消えちゃうのかもしれない。
じゃあシンハラ語で食べていける世の中になるようにするには何をしたらいいんだろう?
それは、シンハラ語の需要を上げないといけないってこと。
需要を上げるという事はそれだけ認知度が上がらないといけない。
認知度を上げるためにはシンハラ語に興味を持ってくれる人を一人でも増やさないといけないってこと。
日本で聞いたのは
「シンハラ語を話せる人を作ってもどうしても結局はシンハラ語以外の紅茶やアーユルヴェーダ、ビジネス、もっと儲かって食べていける方向へ行ってしまってシンハラ語に特化した専門的な力を持った人が育たない。」
という言葉。
でももしかして学ぶ場所、教えてくれる人が少ない中でシンハラ語に手がつけられなかった人がいたとしたら、今、日本でもスリランカに興味を持つ人が増えている今、底辺を大きくできればもしかしたら可能性はあるかもしれないってことじゃないのかな???
シンハラ語って日本の書籍なんかでは一番身近なのが「指さし会話帳」。
でも正直これはシンハラ語を大まかに話すことはできても文章を作ったり文字を読んだりするには使えないんですよ。
それ以外の本だと、文語と口語がごちゃ混ぜになっていて難しい文法の解説なんかも多くて、でも実際に話してみると本の通りに話しても助詞が気になって話せない。
良く考えたら私が日本で学んでいた時から今でも変わらずにある問題点って日本語で書かれたシンハラ語についての本が難しすぎるんじゃないのかな?
だったら、もっと敷居の低いシンハラ語についての何かがあればもしかしたらシンハラ語に興味を持ってくれる人も増えるのかもしれない・・・。

ずっと前、大学に来たばかりのころに中国の外国語大学でシンハラ語を教えている中国人の先生に会って、日本の大学にもいつかシンハラ語学科ができたらいいな〜!とうらやましく思った時から私の願いはいつか日本の大学にシンハラ語学科ができることになってたんですよね。
だって、それだって中国人の先生はシンハラ語で食べていっているってことだから。
それってとても大変なことだろうし、私が生きている間には無理なのかもしれない。
でもいつか日本もそうなって欲しい。
そのためには私がシンハラ語を学んで知ったことをどんどん紹介して、間口を広くして、シンハラ語ってどんな言語?って興味を持ってもらえる人を1人でも増やしていったら?
それによっていつか私が歳を取ってこの人生を終えるころ、同じようにスリランカの大学へ来て、シンハラ語を学び、大学院で勉強をして日本で教えるようになってくれる人も1人や2人出てきてくれるかもしれない。
私が一生にできることなんて限られていて、少しずつしかできなくて近道なんてない。
これまでもそうだったし、たぶんこれからも・・・。
だから、ゆっくり、ゆっくり。
望みは捨てずに・・・。
この素敵な、偉大な、私の人生に命を吹き込んでくれたみたいな大切なシンハラ語。
それを少しでも多くの人に伝えたい。
この1年でこんなことを考えるようになりました。
『いつかは日本一のシンハラ語好きに!』
この言葉は日本にいるシンハラ語に関わる人たちに追いつきたくて目標にしてきた言葉。
でも今、私の心にあるのは日本一がどうとかじゃなくて、スリランカの大学の先生たち、過去のシンハラ語のために尽力してきた人たち。
スリランカを独立に導くために言葉で人々を奮い立たせ、教育のための詩を作り、チベット人でありながらスリランカのために人生を生きたS.マヒンダ僧。
英語の影響を受けてシンハラ語が衰退していくのを引きとめようとがんばった、クマーラトゥンガ・ムニダーサ氏。
そして、この2人のことやその他のシンハラ語の歴史、文学などなど初歩的な知識から専門的な知識まで、様々な事をたくさん教えてくれた大学の先生たち。
シンハラ語のことを憂いながら今もがんばっている先生たちに教えてもらった知識を得て、日本人として私にできるのは、日本でそれをできる限り紹介して広げていくことなのかもしれない。
ちょっと今回は脈絡なくまとまっていないですが、最近こういった考えがもうホント溢れてきて仕方がなかったので、言葉にしておこうかと・・・。
そんなわけでいつも行動は遅いですが、この1年で一皮むけて、心の中は1ステップ上に進んだ気分です。
見た目は何も変わってませんけど。。。
でも、これから日々の生活の中で少しずつ私にできることを考えながらこれからもがんばっていこうと改めて思ったのでした。
これからもブログ・メルマガ共々、改めてよろしくお願いします[[pict:tulip]]

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